「またやってしまった」の、その奥にあるもの
同じ失敗を、何度も繰り返してしまうことがあります。
言わなくていいことを言ってしまった。また引き受けすぎて潰れた。今度こそ断ろうと思っていたのに、また笑って頷いてしまった。
そのたびに「またやってしまった」と思う。反省もする。次はこうしようと決める。なのに、しばらくするとまた同じことをしている。
意志が弱いからだ、と自分を責めてしまいがちです。でも、たぶんそうではありません。
行動は、いちばん表側にあるもの
私は、人の内面には深さの違う層がある、と考えています。
いちばん表側にあるのが「行動」です。目に見えて、他人からも分かる部分。「また引き受けてしまった」というのは、この層の話です。
その一つ下に「思考」があります。どういう理屈で物事を考えるか、どんな判断のクセを持っているか。「断ったら迷惑がかかる」と考えてしまうのは、この層です。
でも、まだ下があります。「そう考えるようになった感情のルール」があり、その下に「人との関わり方の前提」があり、さらに下には「自分に課している役割」がある。そして一番深いところには、いつの間にか自分と結んでしまった、無意識の約束のようなものがある。
行動は、この一番深いところから始まった連鎖の、最後に見えている部分にすぎません。
表側だけ直そうとしても、戻る
だから、行動だけを変えようとしても、なかなかうまくいかないんです。
「次は断ろう」と決めるのは、いちばん表側だけを動かそうとすること。でも、その下にある「断ったら見捨てられるかもしれない」という前提が変わっていなければ、いざその場面になったとき、また同じ行動が出てきます。
意志の力で表面を押さえ込んでも、深いところから押し上げてくる力のほうが強い。だから戻ってしまう。あなたの意志が弱いのではなく、構造の問題です。
気づくだけで、少し変わる
では深いところを全部変えなければいけないのかというと、そこまでしなくてもいいと思っています。
大事なのは、気づくことです。
「あ、また同じパターンだ」と気づけるようになるだけで、その瞬間に少し距離が生まれます。行動の直前に、ほんの一秒だけ間ができる。その一秒で、別の選択ができることがあります。
自分のパターンが見えていないうちは、それは「自分そのもの」に感じられます。でも一度外から眺められると、「自分が持っているクセ」に変わる。持っているものなら、置くこともできるかもしれない。
だから私は、心の整理でいちばん効くのは「自分のクセが見えること」だと思っています。解決策を教わるより、自分がどう動きやすい人間なのかを知るほうが、結果的に長く効きます。
見え方は、二つある
自分のクセを知るには、大きく二つのやり方があります。
一つは、今抱えている具体的な悩みから入る方法。困っていることを書き出して、そこに現れているパターンを見つけていく。目の前の問題を整理しながら、その奥にあるクセに気づいていくやり方です。
もう一つは、先に自分の型を知ってしまう方法。具体的な悩みからではなく、いくつかの問いに答えることで、自分の行動や思考の傾向を先に把握する。地図を先に見てから、自分がどこにいるか確かめるような順序です。
どちらから入っても、たどり着く先は同じだと思います。自分がどういうパターンで動いているのかを知り、それを外から眺められるようになること。
「またやってしまった」と思ったとき、責める前に、一度そのパターンを眺めてみてください。責めても変わらなかったものが、眺めることで少し動くことがあります。
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